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  • 日章新聞

【続報!】日本第一党・桜井誠氏、中核派活動家との援助交際に三百万円超か? 党幹部離脱に拍車も

日本第一党の桜井誠氏に中核派男性活動家Aとの援助交際疑惑が出ているのは、本紙既報の通りだが、この度、その援助交際の総額が二百万円から三百万円を超える疑惑が出てきた。

また、今回の疑惑に前後して日本第一党から多くの幹部が離脱していたことも分かった。

平成三〇年、疑惑の夏

日本第一党をはじめ、行動保守は例年八月一五日に九段下交差点で、「反靖国神社・反天皇制」を掲げる反天皇制運動連絡会(反天連)のデモに抗議のカウンターを仕掛けてきた。四年前の平成三〇年七月下旬、日本第一党本部事務所で「8・15 反日勢力包囲殲滅戦打ち合わせ」と称した会議をおこなっている。

この時、桜井氏がAを事務所に連れてきたという。元党幹部によると、

「桜井氏はAをとても気に入っている様子で、『彼は素晴らしい人材だ』といったような事を言っていました。しかしAは今までの運動で見たことも無いし、まだ大学進学を控えた十代の少年だったので違和感を覚えました」

この時の様子は、桜井誠氏のブログ「Doronpaの独り言」平成三〇年七月二二日に「【打ち合わせの様子】 8月15日 行動保守最大の抗議活動」として、写真と共に掲載されている。

足を組んでソファに座って話す桜井氏、それに対してメモを取らされる三十代から六十代の党幹部たち。その桜井氏の横でメモを取ることもなく、ピタリと寄り添うように座っているAが写っている。違和感のある写真だ。

その後、八月一五日の反天連迎撃では「総指揮」として壇上に立つAの姿があった。この時も複数の参加者らが、「それまでの運動で見たことも無い人なのに何故?」と違和感と共に、Aの顔を覚えているし、この時の動画や写真は複数残っている。

Aの証言によると、この直後から桜井誠氏との援助交際関係が始まったという。

中核派になるも援助交際関係を継続

その後、Aは都外の大学に進学し、行動保守運動の現場から姿を消した。思想的にも転向したのか左翼運動に接近していき、やがては中核派へと行きついた。

令和になり、中核派のデモ行進に参加するAの写真や動画がネット上でも複数確認できる。平成三〇年の夏に、桜井氏に連れられて来たAの顔を覚えている人たちも、中核派デモの画像を確認して「同一人物だ」と証言する。

ところが、Aが中核派の運動に参加するようになっても、桜井誠氏は援助交際関係を継続したという。Aとしては、左翼になっても、あくまでも「労働」として割り切って、桜井氏との「援助交際」を続けたという。ここでの掲載は控えるが、本紙は桜井氏とAがホテルの部屋で共に過ごす動画も確認した。

Aおよび周辺人物たちの証言を総合すると、金額にバラつきはあるものの、約三年半ちかくの間に、およそ二百万円から三百万円超が桜井氏からAに「愛人手当」として振り込まれたという。それ以外にも、Aへのプレゼントや遊興費をあわせると多額の金が使われたと見られる。

日本第一党の周辺者はさらに疑惑を証言する。

「令和三年の八月一五日の『反天連迎撃』を、『武漢肺炎の蔓延』を理由にして直前に中止した。それで屋内での緊急講演会に切り替えた。感染リスクは屋外よりも屋内の方が高いはずなのにおかしかった。今となっては、反天連とそのデモに参加するAとの直接衝突を避けたい桜井氏の目論見があったのではと勘ぐってしまう」

相次ぐ党幹部離脱

今回の疑惑に前後して、日本第一党では多くの党幹部が離脱したり、組織図から名前が消えていることが判明した。離脱・退任したと見られる幹部らは次の通り。


副幹事長

選挙対策委員長

要望処理局長

奈良県本部長


これ以外にも、複数の支持者が離党や支持をやめる旨をネットで表明している。桜井氏がこの疑惑を釈明せず、「デマだ」と言うのみで誤魔化していたら、ますます党員・党幹部の離脱に拍車がかかるものと見られる。

なお本紙の疑惑スクープ初報から二週間がたつが、日本第一党からはいまだに「民事訴訟」はおろか、「訂正要求」すら来ていないことを付け加えておきたい。

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